ただひたすらに、君を想う。 47
「最終章」
「寝るなああああ―――――――――ッ!!」
いきなりのキョウジの大声に、混濁しかけていたハヤブサの意識がはっと覚醒する。そこに、さらにキョウジの怒声が飛んできた。
「寝るな!! 今寝るな!! 本当に、冗談じゃない!!」
「キョ、キョウジ?」
見たことも無い様なキョウジの剣幕に、シュバルツも呆然としてしまう。
「今ここで死ぬなんて、絶対に許さないよ!! ハヤブサ!! シュバルツをあれだけ泣かせて―――――!! こっちは貴方に対して言いたい事が沢山あるんだッ!!」
「……………!」
キョウジの言葉にハヤブサは息を飲み、シュバルツは何故か動揺していた。
「や……! キョウジ……! 私は、別に―――――」
「シュバルツは黙って!! ハヤブサを受け入れる態勢が地下に出来ているから、早くそこに運んで!!」
「わ……! 分かった……!」
キョウジの剣幕に押される形でシュバルツは立ち上がる。
「ハヤブサ!! 寝るなよ!!」
地下に走る道すがら、キョウジはそう怒鳴り続けた。
「絶対に―――――『生きる』と強く思って!!」
地下に走り込んだキョウジとシュバルツは、ハヤブサの身体を手早く寝台に寝かしつけると、延命のための処置を施して行く。
(血圧が低いな……。心音も弱い………!)
ハヤブサの身体から上がってきたデータを見て、キョウジは歯噛みする。どの数値も、決して楽観できない状態であると指し示していた。そうこうしているうちに、ハヤブサが昏倒してしまう。また、意識の混濁を起こしてしまったようだ。
「ハヤブサ!! ハヤブサ!!」
シュバルツが懸命に呼びかけると、彼の脳波に反応があった。
「シュバルツ!! 彼に呼びかけ続けて!!」
心肺停止状態になった場合に備えて、電気ショックの準備をしながら、キョウジは叫ぶ。
人の聴覚は、死の直前まで残り、脳にその音を流し続けていると言う。
絶対に、ハヤブサはシュバルツの声を聞いていると確信したキョウジは、シュバルツを励まし続けた。
「ハヤブサ!! 死ぬな!!」
シュバルツもまた、ハヤブサの手を握りながら、懸命に呼びかけ続けた。
「生きてくれ!! ハヤブサ!!」
「……………」
脳波の反応と共に、微かにシュバルツの手を握りかえす、ハヤブサの手。
『生きよう』とする意志を、そこに感じた。
だからこそ、助けたい。
助けたいんだ。
キョウジは祈るような想いで、懸命にハヤブサの延命治療を続けていた――――――
そうして、どれぐらい時が経っただろう。
「……………」
キョウジは無言で、倒れ込むようにデスクの椅子に、腰を落とした。大きく息を一つ吐いて、頭にかぶっていた白帽を取り、額の汗を拭う。
目の前の寝台には穏やかな表情をして眠る龍の忍者の姿があり、その近くに在る心電図は、ピッ、ピッ、と、安定した心音を刻んでいた。血圧も、若干低めながらも安定している。そのデータはどれも、目の前の患者の容体が、ひとまず落ち着いたと言う事をキョウジに示していた。
(良かった……。とりあえず、ひと山越えた………)
ギ、と、音を立ててデスクの椅子に凭れかかっていると、シュバルツが声をかけて来た。
「キョウジ。何か食べたほうがいい。私が作ってこよう」
シュバルツのその言葉に、しかしキョウジは苦笑しながら頭をふる。
「いや……シュバルツは、ハヤブサの傍に付いていてくれ。飯ぐらい、自分で何とかするよ」
そう言って立ち上がろうとするキョウジを、シュバルツは強引に押しとどめてくる。
「キョウジはずっとハヤブサの治療で、休んでいなかっただろう? とにかく栄養をとって、少し休んでくれ。今お前に倒れられたら適わん」
そう言ってシュバルツは地下室から出ていく。キョウジはその後ろ姿を、やれやれと、ため息を吐きながら見送っていた。
しかし、シュバルツの言うことも一理ある。ハヤブサの治療を開始してからこっち、自分は、ほぼ不眠不休の状態であったから。押し寄せてくる疲れと戯れていると、目の前の龍の忍者から声をかけられた。
「…………キョウジ………」
「ハヤブサ!? 気が付いた!?」
「………『寝るな』……と、言ったのは、お前……だろう……」
「…………!」
龍の忍者のその言い分に、キョウジは少し感心するやら呆れかえるやらしてしまう。この患者は、自分の言う事を律儀に守ろうとしていた事になるのだから。
しかし同時に安心もしていた。
『医師の言う事を聞く』と言う事は、患者の方に治ろうと言う意思があることの表れだからだ。きっとハヤブサの身体は、時間はかかっても、ちゃんと快方へと向かって行くだろう。
「………シュバルツは………?」
ハヤブサの問いに、キョウジはふわりと笑う。
「今、私の食事を作りに行ってくれているよ。すぐに帰ってくる」
「そうか………」
少し安心したように息を吐くハヤブサを見て、キョウジは苦笑した。ハヤブサは、本当にシュバルツを求めていて、そして好きなのだなと感じてしまう。それにしても大したものだ。こんな状態になってもハヤブサは、まだ自分とシュバルツを見間違わないとは。
変な所に感心していると、またハヤブサから「キョウジ……」と、声をかけられた。
「どうした? ハヤブサ……」
ハヤブサは、キョウジの方をちらりと見やると、少しばつが悪そうな表情をした。
「………何か、俺に……文句があるんじゃないのか……?」
「ああ。あるよ。たっぷりとね」
「……………!」
憮然と言い放つキョウジに、ハヤブサの顔色が少し変わる。それを見て、キョウジは苦笑していた。
「だけど今は言わない。もう少し貴方が元気になってから、言わせてもらう事にするよ。だいたい、今言った所で、右から左に流れていくだけだろう?」
「う…………!」
キョウジの的確すぎる分析に、ハヤブサも二の句が継げなくなる。それを見て、キョウジは少しおかしそうに笑った。
「だから今は、ゆっくり体を休めてくれ。早く私の文句を聞いてもらうためにも、ね」
「分かった………」
ハヤブサがそう返事した所で、ドアをノックする音が響き渡る。キョウジが返事をすると、シュバルツが部屋に入ってきた。
「キョウジ、飯が出来たぞ。……って、ハヤブサ、起きたのか」
「シュバルツ……」
シュバルツの姿を見たハヤブサが、身を起こそうとする。それを見たキョウジから「こら~。起きようとしない!」と、たしなめられて、龍の忍者は渋々起きるのをあきらめた。
「栄養だけは計算してある。ただし、味は保証しないぞ」
「充分だよ、シュバルツ。ありがとう」
シュバルツに返事をして、キョウジはデスクの椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私はご飯を食べて、少し休ませてもらうよ。シュバルツ、ハヤブサをよろしくね」
「ああ、分かった」
「でも、何かあったら呼んで。すぐに来るから――――」
そう言い置いて、キョウジは部屋から出て行った。後には、シュバルツとハヤブサだけが残された。
「シュバルツ………」
ハヤブサがそっと呼びかけてくる。
「どうした? ハヤブサ……」
シュバルツは寝台の傍まで来て、枕元近くの椅子に腰を落とす。そして、ハヤブサの手を、優しく握りかえしていた。
(この手……覚えがある……。俺の意識が朦朧としていたとき、ずっと握っていてくれた手だ………)
死への闇に引きずり込まれそうになっていた時、この手が支えてくれた。
何度も何度も、名前を呼ばれた。
死ぬな!
生きろ!
優しい手に、強く励ましてくるその声に、自分も必死にしがみついていた。
昏睡から覚めた、今なら分かる。
シュバルツが必死に、自分に呼びかけを続けてくれていたのだろう。
「…………ッ!」
何故なのだろう。
どうしてなのだろう。
自分は一度、この手を振り払ってしまったと言うのに――――
「どうしてだ……シュバルツ………」
ハヤブサの瞳から、いつしか涙が溢れだしていた。
「ハヤブサ……?」
怪訝な顔をしながらも、シュバルツはハヤブサの頬を伝う涙を拭う。
「どうして………俺を、責めないんだ……?」
「責める?」
きょとん、とするシュバルツに、ハヤブサはなおも言葉を続けた。
「俺は………お前の手を、振り払ってしまったのに………!」
「ああ………」
ハヤブサのその言葉に、シュバルツもやっと納得したかのように頷く。しかし、シュバルツの手はハヤブサの涙を拭い続けた。そして、その表情は、穏やかその物だった。
「……私の事で、お前がそんなに気に病む必要はない。あの時、私たちは話し合って、お前が断を下した。あの時は、お互いにそれが最善と信じて――――その道を選んだのではないのか?」
「シュバルツ………!」
「ならば、この事で……どちらが責めを負うとか、そう言うのはおかしい……。それに、今回の件は、私にだって非がある。そうやって苦しんでいたお前を、助けることもできなかったのだから……」
「ち、違う……! それは、俺が勝手に―――――!」
そう言って慌てて身を起こそうとするハヤブサを、シュバルツが優しく押しとどめる。
「な………。だから、お前は、必要以上に自分を責めるな。今は、ゆっくり休んで……身体を治す事に専念してくれ……」
「……シュバルツ………ッ!」
ハヤブサは己が頬を優しく撫で続けるシュバルツの手を抱きかかえるようにして握りしめると、そのまま、泣き伏してしまった。
ただひたすらに優しく、総てを許してくれる、お前。
もう二度と、裏切りたくはなかった。
哀しませたくはないと思った。
「ハヤブサ……」
握られている手にハヤブサの涙を感じながら、シュバルツはもう片方の手でハヤブサの髪を撫でる。
(そんなに、私の事で自分を責めなくて良いんだ、ハヤブサ……。『人間』ではない私は、お前の永久のパートナーにはなり得ない。私はお前にとって、一時的な寄り処の様な存在で良い。何時、お前の都合で打ち捨てられても構わないのだから――――)
でもこの想いは、口に出しては言わない。
言えばきっと、ハヤブサを烈火のごとく怒らせてしまう――――そんな予感がする。
何故だろう。構わないのに。
自分は、そう言う存在の筈なのだから――――
(ハヤブサ………)
ただ、打ち捨てられても、別れられても
自分は何時までもハヤブサを、想い続けてしまうだろう。そんな予感がする。
それだけは、どうか
どうか許して欲しいと、シュバルツは願った。
龍は、ただひたすらに優しい、愛おしいヒトの事を想って泣いた。
人外の物は、そんな彼を愛し続けたいと願った。
そんな二人の姿を、夜の帳が、優しく覆って行った―――――
『ただひたすらに、君を想う』
―――END――――
「寝るなああああ―――――――――ッ!!」
いきなりのキョウジの大声に、混濁しかけていたハヤブサの意識がはっと覚醒する。そこに、さらにキョウジの怒声が飛んできた。
「寝るな!! 今寝るな!! 本当に、冗談じゃない!!」
「キョ、キョウジ?」
見たことも無い様なキョウジの剣幕に、シュバルツも呆然としてしまう。
「今ここで死ぬなんて、絶対に許さないよ!! ハヤブサ!! シュバルツをあれだけ泣かせて―――――!! こっちは貴方に対して言いたい事が沢山あるんだッ!!」
「……………!」
キョウジの言葉にハヤブサは息を飲み、シュバルツは何故か動揺していた。
「や……! キョウジ……! 私は、別に―――――」
「シュバルツは黙って!! ハヤブサを受け入れる態勢が地下に出来ているから、早くそこに運んで!!」
「わ……! 分かった……!」
キョウジの剣幕に押される形でシュバルツは立ち上がる。
「ハヤブサ!! 寝るなよ!!」
地下に走る道すがら、キョウジはそう怒鳴り続けた。
「絶対に―――――『生きる』と強く思って!!」
地下に走り込んだキョウジとシュバルツは、ハヤブサの身体を手早く寝台に寝かしつけると、延命のための処置を施して行く。
(血圧が低いな……。心音も弱い………!)
ハヤブサの身体から上がってきたデータを見て、キョウジは歯噛みする。どの数値も、決して楽観できない状態であると指し示していた。そうこうしているうちに、ハヤブサが昏倒してしまう。また、意識の混濁を起こしてしまったようだ。
「ハヤブサ!! ハヤブサ!!」
シュバルツが懸命に呼びかけると、彼の脳波に反応があった。
「シュバルツ!! 彼に呼びかけ続けて!!」
心肺停止状態になった場合に備えて、電気ショックの準備をしながら、キョウジは叫ぶ。
人の聴覚は、死の直前まで残り、脳にその音を流し続けていると言う。
絶対に、ハヤブサはシュバルツの声を聞いていると確信したキョウジは、シュバルツを励まし続けた。
「ハヤブサ!! 死ぬな!!」
シュバルツもまた、ハヤブサの手を握りながら、懸命に呼びかけ続けた。
「生きてくれ!! ハヤブサ!!」
「……………」
脳波の反応と共に、微かにシュバルツの手を握りかえす、ハヤブサの手。
『生きよう』とする意志を、そこに感じた。
だからこそ、助けたい。
助けたいんだ。
キョウジは祈るような想いで、懸命にハヤブサの延命治療を続けていた――――――
そうして、どれぐらい時が経っただろう。
「……………」
キョウジは無言で、倒れ込むようにデスクの椅子に、腰を落とした。大きく息を一つ吐いて、頭にかぶっていた白帽を取り、額の汗を拭う。
目の前の寝台には穏やかな表情をして眠る龍の忍者の姿があり、その近くに在る心電図は、ピッ、ピッ、と、安定した心音を刻んでいた。血圧も、若干低めながらも安定している。そのデータはどれも、目の前の患者の容体が、ひとまず落ち着いたと言う事をキョウジに示していた。
(良かった……。とりあえず、ひと山越えた………)
ギ、と、音を立ててデスクの椅子に凭れかかっていると、シュバルツが声をかけて来た。
「キョウジ。何か食べたほうがいい。私が作ってこよう」
シュバルツのその言葉に、しかしキョウジは苦笑しながら頭をふる。
「いや……シュバルツは、ハヤブサの傍に付いていてくれ。飯ぐらい、自分で何とかするよ」
そう言って立ち上がろうとするキョウジを、シュバルツは強引に押しとどめてくる。
「キョウジはずっとハヤブサの治療で、休んでいなかっただろう? とにかく栄養をとって、少し休んでくれ。今お前に倒れられたら適わん」
そう言ってシュバルツは地下室から出ていく。キョウジはその後ろ姿を、やれやれと、ため息を吐きながら見送っていた。
しかし、シュバルツの言うことも一理ある。ハヤブサの治療を開始してからこっち、自分は、ほぼ不眠不休の状態であったから。押し寄せてくる疲れと戯れていると、目の前の龍の忍者から声をかけられた。
「…………キョウジ………」
「ハヤブサ!? 気が付いた!?」
「………『寝るな』……と、言ったのは、お前……だろう……」
「…………!」
龍の忍者のその言い分に、キョウジは少し感心するやら呆れかえるやらしてしまう。この患者は、自分の言う事を律儀に守ろうとしていた事になるのだから。
しかし同時に安心もしていた。
『医師の言う事を聞く』と言う事は、患者の方に治ろうと言う意思があることの表れだからだ。きっとハヤブサの身体は、時間はかかっても、ちゃんと快方へと向かって行くだろう。
「………シュバルツは………?」
ハヤブサの問いに、キョウジはふわりと笑う。
「今、私の食事を作りに行ってくれているよ。すぐに帰ってくる」
「そうか………」
少し安心したように息を吐くハヤブサを見て、キョウジは苦笑した。ハヤブサは、本当にシュバルツを求めていて、そして好きなのだなと感じてしまう。それにしても大したものだ。こんな状態になってもハヤブサは、まだ自分とシュバルツを見間違わないとは。
変な所に感心していると、またハヤブサから「キョウジ……」と、声をかけられた。
「どうした? ハヤブサ……」
ハヤブサは、キョウジの方をちらりと見やると、少しばつが悪そうな表情をした。
「………何か、俺に……文句があるんじゃないのか……?」
「ああ。あるよ。たっぷりとね」
「……………!」
憮然と言い放つキョウジに、ハヤブサの顔色が少し変わる。それを見て、キョウジは苦笑していた。
「だけど今は言わない。もう少し貴方が元気になってから、言わせてもらう事にするよ。だいたい、今言った所で、右から左に流れていくだけだろう?」
「う…………!」
キョウジの的確すぎる分析に、ハヤブサも二の句が継げなくなる。それを見て、キョウジは少しおかしそうに笑った。
「だから今は、ゆっくり体を休めてくれ。早く私の文句を聞いてもらうためにも、ね」
「分かった………」
ハヤブサがそう返事した所で、ドアをノックする音が響き渡る。キョウジが返事をすると、シュバルツが部屋に入ってきた。
「キョウジ、飯が出来たぞ。……って、ハヤブサ、起きたのか」
「シュバルツ……」
シュバルツの姿を見たハヤブサが、身を起こそうとする。それを見たキョウジから「こら~。起きようとしない!」と、たしなめられて、龍の忍者は渋々起きるのをあきらめた。
「栄養だけは計算してある。ただし、味は保証しないぞ」
「充分だよ、シュバルツ。ありがとう」
シュバルツに返事をして、キョウジはデスクの椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私はご飯を食べて、少し休ませてもらうよ。シュバルツ、ハヤブサをよろしくね」
「ああ、分かった」
「でも、何かあったら呼んで。すぐに来るから――――」
そう言い置いて、キョウジは部屋から出て行った。後には、シュバルツとハヤブサだけが残された。
「シュバルツ………」
ハヤブサがそっと呼びかけてくる。
「どうした? ハヤブサ……」
シュバルツは寝台の傍まで来て、枕元近くの椅子に腰を落とす。そして、ハヤブサの手を、優しく握りかえしていた。
(この手……覚えがある……。俺の意識が朦朧としていたとき、ずっと握っていてくれた手だ………)
死への闇に引きずり込まれそうになっていた時、この手が支えてくれた。
何度も何度も、名前を呼ばれた。
死ぬな!
生きろ!
優しい手に、強く励ましてくるその声に、自分も必死にしがみついていた。
昏睡から覚めた、今なら分かる。
シュバルツが必死に、自分に呼びかけを続けてくれていたのだろう。
「…………ッ!」
何故なのだろう。
どうしてなのだろう。
自分は一度、この手を振り払ってしまったと言うのに――――
「どうしてだ……シュバルツ………」
ハヤブサの瞳から、いつしか涙が溢れだしていた。
「ハヤブサ……?」
怪訝な顔をしながらも、シュバルツはハヤブサの頬を伝う涙を拭う。
「どうして………俺を、責めないんだ……?」
「責める?」
きょとん、とするシュバルツに、ハヤブサはなおも言葉を続けた。
「俺は………お前の手を、振り払ってしまったのに………!」
「ああ………」
ハヤブサのその言葉に、シュバルツもやっと納得したかのように頷く。しかし、シュバルツの手はハヤブサの涙を拭い続けた。そして、その表情は、穏やかその物だった。
「……私の事で、お前がそんなに気に病む必要はない。あの時、私たちは話し合って、お前が断を下した。あの時は、お互いにそれが最善と信じて――――その道を選んだのではないのか?」
「シュバルツ………!」
「ならば、この事で……どちらが責めを負うとか、そう言うのはおかしい……。それに、今回の件は、私にだって非がある。そうやって苦しんでいたお前を、助けることもできなかったのだから……」
「ち、違う……! それは、俺が勝手に―――――!」
そう言って慌てて身を起こそうとするハヤブサを、シュバルツが優しく押しとどめる。
「な………。だから、お前は、必要以上に自分を責めるな。今は、ゆっくり休んで……身体を治す事に専念してくれ……」
「……シュバルツ………ッ!」
ハヤブサは己が頬を優しく撫で続けるシュバルツの手を抱きかかえるようにして握りしめると、そのまま、泣き伏してしまった。
ただひたすらに優しく、総てを許してくれる、お前。
もう二度と、裏切りたくはなかった。
哀しませたくはないと思った。
「ハヤブサ……」
握られている手にハヤブサの涙を感じながら、シュバルツはもう片方の手でハヤブサの髪を撫でる。
(そんなに、私の事で自分を責めなくて良いんだ、ハヤブサ……。『人間』ではない私は、お前の永久のパートナーにはなり得ない。私はお前にとって、一時的な寄り処の様な存在で良い。何時、お前の都合で打ち捨てられても構わないのだから――――)
でもこの想いは、口に出しては言わない。
言えばきっと、ハヤブサを烈火のごとく怒らせてしまう――――そんな予感がする。
何故だろう。構わないのに。
自分は、そう言う存在の筈なのだから――――
(ハヤブサ………)
ただ、打ち捨てられても、別れられても
自分は何時までもハヤブサを、想い続けてしまうだろう。そんな予感がする。
それだけは、どうか
どうか許して欲しいと、シュバルツは願った。
龍は、ただひたすらに優しい、愛おしいヒトの事を想って泣いた。
人外の物は、そんな彼を愛し続けたいと願った。
そんな二人の姿を、夜の帳が、優しく覆って行った―――――
『ただひたすらに、君を想う』
―――END――――

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