キョウジ兄さんたちに捧げる物語 38
(もう、そろそろ潮時か……)
シュバルツは、そう感じていた。「龍の勾玉の正体を知りたい」と言う自分の要求に対して、ハヤブサは、ここまで応えてくれた。それこそ、充分すぎるほどに―――。
本当は、ハヤブサに詫びを言いたかった。
余計な苦しみを、与えてしまってすまない。その手を、取れなくて―――本当にすまない……と。
だが、今詫びを入れても、余計にハヤブサを苦しめるだけだと感じる。だから、もう、詫びる事が出来ない。詫びる事が出来ないから、礼も云えない。
もう、本当に、何も言えない。
そして、私は、キョウジの刺客として、ハヤブサ、お前を選ぶ。
ハヤブサは『キョウジ』を斬りたがっていない。それが分かる。だからだ。
これでキョウジは、決して短絡的に斬られたりはしない。ありとあらゆる道を模索されて、本当にどうしようもなくなった時―――ハヤブサは、その使命を果たす事だろう。
(それにしても、斬りたがっていない人間を、敢えて刺客に選ぶなんて……私は本当に、性格が悪いな……)
そう感じて苦笑する。そう言えば、先の「デビルガンダム事件」の折りも、自分はキョウジの刺客として、弟であるドモンを選んだ。真相を知れば、ドモンはおそらく兄を撃ちたがらないと分かっていたのに―――。
そして、ハヤブサ。
私がお前に言う事が出来る唯一の真実。
「キョウジが死ねば、私の機能も停止し、『死』を迎える」
これだけは、絶対にお前には告げない。お前の使命の完遂の、妨げとならないために。
それが、私のお前に対する精一杯の礼だ。どうか、受け取ってほしい―――。
すまない。ハヤブサ。
最後まで嘘つきで、本当に、済まない。
「ハヤブサ……」
シュバルツの呼び掛けに、うつむいていたハヤブサが、ピクリと反応する。
「何だ……」
「『龍の勾玉』の所に、お前を案内しよう」
「――――!」
シュバルツのこの言葉に、ハヤブサの反応が、更に大きくなる。
「お前……それが、何を意味するのか、分かっているのか……」
「ああ。分かっている。―――お前は、使命を全うするのだろう?」
あくまでも穏やかなキョウジの声に、ハヤブサの心は再びかき乱される。だがもう、「馬鹿野郎」と、怒鳴りつけることなど出来なかった。
「キョウジ……何度言ったら分かる……」
言いながらハヤブサは、自分の耳を疑う。自分の声は、こんなに弱々しい物だっただろうか。
「俺は……お前を、傷つけたくないんだ……」
言ったところで、届かないと分かっている言葉が、空しい響きを含んで落ちる。何という無力感だろう。
「知っている。―――お前は最初から、そうだったな」
闇から、淡々と返事が返ってくる。例え表面だけでも、何かが掠めれば、この闇は律儀に返事を返してくるのだ。
(知っているのなら、何で―――!)
一瞬、激昂しそうになる。しかし、声がのどから先に出る事を拒否してしまう。何よりも、顔があげられない。今の、闇にまみれているキョウジの顔を見る勇気が、どうしても持てなかった。
キョウジは、勾玉を持つ者を俺に斬れと言う。
その後で、自分も死ぬ気でいる。それが、痛いほど伝わってくる。
「生きろ」と、言い続けた俺の声が、まるで聞こえていないかのように。
俺が、見落としてしまった物は。
そんなにも、大きい物だったのか…?
分からない―――キョウジが、分からない―――。
「誰か、他の奴を選べ……俺は……もう―――」
「私は、お前以外の奴は、勾玉の所には案内しない」
「…………!」
自分の弱気な発言を、言下に否定される。自分は、最早キョウジの姿を見失っているというのに、闇の方が自分を逃がしてくれそうになかった。
「何で……」
自然と、ハヤブサの口から疑問がついて出る。
「何で、俺だ……」
「―――腹を切る武士だって、介錯の相手ぐらいは、選べるだろう?」
「――――!」
「だったら、私はお前がいい―――お前が、いいんだ」
「キョウジ……!」
(何故だ……!)
お前の介錯をする。俺は―――それが嫌だと、言っているのに!
自分の想いが、絶望的に届いていないのを痛感する。ハヤブサはたまらなかった。
(ふざけるな……)
チリ、と、心の奥に怒りの火が灯る。俺の想いは聞かないくせに、どうしてこの闇は、俺に執着する!?
「ふざけるな! 何で―――何で俺に……俺ばかりに―――!」
ハヤブサは、つい顔を上げてしまった。届かなくても何でも、怒りをぶつけずにはいられなくなった。
その瞬間、雲が月を隠し、闇の存在を浮き彫りにしていた光が、姿を消す。ハヤブサには、キョウジの顔が、はっきりと見えた―――。
「おまえは、私を、怒ってくれたじゃないか―――」
キョウジは、ただ、優しく微笑んでいた。
(ああ、やっと反応したな)
そう言って微笑んだ時と、同じ笑顔で―――。
「キョウ……!!」
「私の事を、『馬鹿』と。何度も何度も……」
「…………!」
「私は、それでもう、充分なんだ……」
「キョウ…ジ……」
「もう、充分なんだよ。ハヤブサ―――」
あまりの事に、胸が詰まった。
この男は、ずっとこうやって微笑んでいたというのか。
こんな容赦のない闇の中、ずっと独りで―――。
キョウジに、俺の声が届いていないわけではなかった。ちゃんと聞こえていた。手を差し伸べた姿が見えていた。
ただ―――キョウジは、俺の手をつかまないのではない。つかめないのだ。
彼を捕らえている闇が、あまりにも深すぎて―――今のままでは、掴むことが出来ないのだ。
だから彼は、ただ、優しく微笑むのだ。
闇にまみれている事を、恨むでもなく。
届かない事を、嘆くでもなく。
「手を差し伸べてくれて、ありがとう」と、礼を言いながら―――闇の深淵に、一人佇んでいるのだ。
その姿は、あまりにも孤独で――――。
(――――馬鹿だ!! やっぱりこいつは、大馬鹿野郎だ!!)
勝手に、とめどなく涙があふれた。ハヤブサはそれを見られたくなくて、慌てて下を向く。しかし、どうしようもなく零れ落ちていく。
これだけ涙を落とせば、キョウジには絶対ばれているだろうと思う。だが、この涙をどう思われようとも、もう知った事ではない、とも、思った。出る物は出るんだ。これの抑え方なんて、俺は知らない。
「―――馬、鹿、野郎が……ッ!!」
零れ落ちる涙と共に、ハヤブサの声が絞り出されていく。
「ハヤブサ……!」
それと同時に、フッとハヤブサはシュバルツの前から姿を消した。光る物を、撒き散らしながら。
「ハヤブサ……?」
シュバルツは、思わずハヤブサの姿を探してしまう。その時、どこからともなくハヤブサの声が聞こえてきた。
(キョウジ……)
「ハヤブサ?」
周りを見渡してみるが、ハヤブサの姿を捉える事は出来ない。近くに潜んでいるのは分かるが、姿を見せる気はないようだ。
(明日だ……。明日、龍の勾玉の所に、俺を案内しろ)
「――――!」
(刺客となる事を、受けてくれたのか、ハヤブサ……)
ほっと、小さく安堵の息をつく。
「承知した」
頷きながら、了承の意を伝えると、再び闇の中からハヤブサの声がした。
(これだけは、お前に伝えておく)
「何だ?」
(俺は――――絶対に、あきらめない!!)
「…………!」
覚えておけ! ―――ハヤブサの声はそう言い置くと、闇の中へと消えていった。
(あいつ……! 何をあきらめないって言うんだ……)
ひどく消耗しているのを感じたシュバルツは、己の身体を、トン、と、横にあった壁にもたれかけさせた。最後は涙まで……あいつは、人の心を殴りすぎだ―――。
(『キョウジ』を、あきらめないという事だろうか……)
そうならいい、と、シュバルツは思った。キョウジをあきらめないでいてくれれば―――。
これで、ハヤブサをキョウジの元に案内したなら、自分の任務は終わる。後は、キョウジとハヤブサの問題だと思った。どうなろうと、自分はそれに、従うだけ―――と、言うか、それしか出来ない……。
キョウジ……。
この星空の下、どこかにいるであろうキョウジの事に、シュバルツは想いを馳せる。
キョウジ……お前には、分からないだろう。
お前が、狙われていると知った時……私は――――嬉しかった。
「やっと、お前の役に立てる」と……。
お前と、瓜二つの外見も。死なない自分の身体すらも―――。
何一つ惜しむことなく、利用できる。お前を、守ることができる。それが、どれだけ嬉しかったか―――。
この歓喜を、誰にも邪魔されたくなかった。例え、弟のドモンであったとしても―――。
(でも、持って帰る情報が、結構ネガティブな物ばかり……おまけに、暗殺者まで連れて帰るんじゃなぁ……)
普通に考えなくても「お前は阿呆か」と、言われそうなレベルだ。全く私は、役に立っているんだか、立っていないんだか…。苦笑しながら、頭をかく。
ただ、どうなろうと、私はキョウジの役に立ちたいと願っている。それは、ずっと、変わらない。
(キョウジ……今はどうしている…? こんな私でも、少しはお前の役に立ったか…?)
窓から入ってくる夜風が、心地いい。だけど、変に月が霞む。
シュバルツはそう思いながら、いつまでも夜空に輝く上弦の月を眺めていた―――。
この記事へのコメント
ハヤブサの手を取れないシュバルツが切なくて!!シュバルツが本命な私にはもう…!うるうるしながら読ませて頂きました(笑
ハヤブサとシュバルツを幸せにしてあげたくなります…二人の近いようで遠いような距離感がまた…そわそわします…
また興奮が抑えられなくなったらコメするかもしれませんが…その時はすみません。それでは!
何せ、私の力量がこの方の孤独を書くのに足りているのかどうか、心配で心配で…。
泣かれるどころか、爆笑されてたらどうしようかしらと(←おい!)
本命な方に、そこまで言っていただけると、何か、嬉しいです。闇にまみれているのに、シュバルツという人は、美しい方だなぁと、思いながら書いています。
その辺がうまく伝わっているといいのですが(^^;
反応が返ってくると嬉しいので、また、いつでもコメしてくださいね♪
明日から、また頑張りマス!